民主主義更正論(4)
未来第25号に掲載
民主主義を私達は、人類の一つの究極の政治形態として考えている。それは、そのことが最大多数の最大幸福を実現できるという信念によっている。極端に言うならば、民主主義によって人類全員が幸せになるといった神話のような信仰があるとすら言えよう。 しかし、こうした究極の政治形態と我々が信じる民主主義も、それが成立できる前提が必要であると、私は考える。 つまり、ある前提の中で、民主主義は極めて優れた人類にとっての形態である。そしてその前提が成立する限り、民主主義は素晴らしい政治的形態である。その一つの前提は、一人一人の国民が、民主主義の議会の中で扱われる事柄に対してその問題を理解して、その事柄についての判断の是非ができるという前提である。 またもう一つの前提が、民主主義が高い市民的自覚を持つ限り、いかなる政治形態よりも「強い」制度であるということである。 このことを前提としつつ、民主主義は、最大多数の最大幸福を求めることを正義として、 成立して来た。勿論、正義と言うのは、正しい判断であるとともに「強い」ということを意味している。 つまり、多数者の意見は、その集団にとっての、最も尊重すべき意思であり、しかもそれは最も正しい判断をするものであり、それを選択することは、その集団が活動を続ける上で、より集団の総力を発揮できるという考え方が基本にあったと言える。 しかし、既にこのことの中に、最大多数者の自らの最大幸福を実現しようとする根本的な判断がある以上は、「全ての人の幸福を最大限に実現しよう」とする発想とは、基本的に違うニュアンスであることは明らかである。 もっとも、最大多数の意思の中に、「貧しい人や、困っている人を助けたい」というところの惻隠の情が含まれていることが、人間の性善説的な部分から当然視される結果、この多数者の意思を正義とする民主主義の中に、「ヒューマニズム」的側面は含まれるということになる。 だから、多数者の意思を正しいとする民主主義は、多数者の意思の中に存在する「ヒューマニズム的意思」によって、「弱い者を救う」という側面を持つものであり、そのシステム自体は、多数者の意思という点において、強者の論理に貫かれているといえる。 そもそも、この民主主義の制度的淵源は、古代ギリシャにおける「市民」政治に求められるものである。 そして、古代ギリシャにおいて直接民主制と呼ばれるものが生まれた理由は、勿論、当時のギリシャが、高い市民意識を謳歌していたということにもある。 当時のピタゴラスの自然哲学以来、まさに人類の最初の叡智ともいえるギリシャ自然科学生まれ、哲学が生まれ、近世にも通用するような崇高な人間問題が生まれたことは、当時の民主主義が、今日の民主主義と同じような「人間の自立」を基盤としたものであることを示唆するものである。 しかし、その一方において、「民主主義」が一人一人の市民の人間的尊厳を認めるがゆえに出来たというように、短絡的に考えていいのかは疑問である。 なぜならば、当時の民主主義を成立させている原動力に、おびただしい奴隷、もしくは、隷属する人間集団が居たからである。 むしろ、私は、彼ら支配する側にとって、その歴史的経過も含む中で、民主主義が最も「強い」支配的形態であったが故に、「市民」による民主主義を選択したとも言える。事実、大国であった古代ペルシャが、二度にわたってギリシャのポリスを襲ったときに、この国々においては「市民の名誉の戦死」を求めて、国民的士気が高まり、敵の攻撃を打ち負かしたのである。 また、そのときのペルシャ戦役を主題にした、多くの詩人達の詩歌の共通した主張は、「祖国ギリシャを守る為に、自らその命を捧げた英雄達は、永遠の名誉を持つものである」といったものである。 確かにレオニダスの率いる三百のスパルタ兵が全滅するまで、テルモピレーで戦った「ギリシャの為に命を捧げる」姿勢は、当時の傭兵を中心としていたペルシャ軍にとっても、大きな驚異であったに違いない。 私は、この点について、フランスのナポレオン軍が精強だった理由が、「傭兵」ではなく、「国民軍」にあったことだという識論と似ていると考える。つまり、「傭兵」は、戦闘 はするが、できることならば命は惜しいし、命を捨ててまだ尽くす国家や名誉は、戦闘において見出せない兵隊である。 一方は、祖国の為に死すことを、名誉の戦死と考えている「国民軍」である。だから、テルピレーのレオニダスを例にとれば、総大将の彼が死んだ後も、「全滅」するまで、スパルタ軍は祖国とその名誉を守る為に戦ったのだが、彼らが傭兵だったら、総大将のレオニダスが戦死した段階で軍隊は四散したに違いない。つまり、「市民」が命がけで「市民」共通のメリットの為に命を捧げる民主主義という政治形態は、市民の自信と団結心とポリスに対する忠誠心が強い限りにおいて、王制を凌ぐ支配形態であった。 つまりギリシャの民主制は、こうして考えると、支配する「市民」にとって、王制よりも遥かに安定感のある強い制度であったが故に成立したと言えよう。そもそも、「自己犠牲」の精神を持つグループ程、強いグループは無いからである。 しかし、こうした「強さ」は、永続性を持たせることは極めて難しいものである。それは、祖国に対する国民的高揚の中で初めて可能なものであり、「自己犠牲」の精神がひとたび失われ、市民同士の団結心が失われるや、その強さは、一瞬にして失われるものとも言える。 どちらにしても、民主主義は「最大多数」の意思を尊重するという点において、強者の理論に立脚するものである。そのことを踏まえた上で、「少数者の意思」の尊重とかが主張されることとなる。 しかし、しかしそれは従前に述べたように、多数者の意思の中に「ヒユーマニズム」的発想が含まれるが故に「弱者を大切にする」ことが民主主義で行われているのと同様に、多数者の意思の中に「少数意見を尊重しよう」とする発想があるから尊重されるにすぎない。 民主主義は、多数者の意思を正義とする政治手法であり、全員参加という手法がその集団の力を最大限に発揮させることになるがゆえに今日、定着をしていると言えよう そして、同時に民主主義における一つの信仰とも言えるものは多数者による判断は、その状況における最も正しい判断であるということである。 しかし、そこでポイントになることは「市民」が問題と課題について十分に理解しているということである。つまり、市民は、自分の考え方を持ち、そして、そのことを基準にものを考え発言し、民主主義に参画をしていくのである。 例えば古代ギリシャのアテネにおいては、デロス同盟を介して集まってきた資金を、どこにどう使うかー等について民会においての議論が為なされたのである。 その際、重要なことは、彼らにとっての議題にしても、その討論すべき内容にしても、一人ひとりの市民が、自分がどの立場で、その課題にどう取り組むべきかということが、極めて平易に了解できる事柄について「民主主義」の「民会」の中で取り扱われたと言えよう。 すべての議論やテーマは、その内容について「市民」は理解できたのである。しかるに現在の民主主義はどうなっているか? ここに今日の民主主義の難しい部分があると思われる。 すなわち、今の国民一人ひとりが、議会で話題となり、議論されているテーマについて十分に理解をしていないという問題があるのである。 それは、質の部分と量の部分とにおいて理解が難しいこととなる。 例えば議会で論議するすべての内容について知悉しているということは、かつての大天才レオナルド・ダ・ヴィンチが居てもできないに違いない。それ位に現代社会は、複雑であり専門化をしている。だから、余程研究熱心な市民がいても恐らく議会で論議されるテーマの半分も、その内容を理解しているということは難しいであろう。 そして一般的市民について言えば、「聞きかじり」の知識はあっても専門的なことはわからないまま、モノ事を判断することになる。私は以前にあるマスコミ関係者から聞いたのだが 例えばそこにA氏が居るとする。そのA氏何かの問題についてどこかのテレビ番組ほんの一分間位の否定的な意見が述べられるのを見て、「成程、とんでもない」と思ったとする。次に違う番組で逆に、肯定的な意見を十分間聞いたあとに「成程、これは必要だ」と肯定的な考え方になると言う。それで、そのあと友人がやってきて、この問題はとんでもないと一時間説得されると、再び「成程とんでもない」と納得して否定的になる。次に、別の友人が来て三日間位にわたり「この問題は必要である」と順々と説かれると「成程そうだ!必要なんだ」と納得すると言う。したがってそのマスコミの人は、専門知識を持たない一般の人が、何らかの事柄についてどう判断するかは本当は本人も不安である位に困難である。問題に対する理解は実際にはなかなか難しいと、このように総括したのである。 同様の話は、昭和四十年代の全学連に象徴される学生運動についてもある。あのときは、最初は一般国民の学生運動に対する受けとめ方は好意的であった。その理由として、機動隊にこん棒でメッタ打ちにされる学生が写真などで大きくクローズアップされたからである。つまり日本人の判官びいきが彼らを正当化したとも言えよう。 しかし学生運動の後段になると逆に国民世論はこの問題について否定的になっていった。その理由は、逆に、学生が傍若に機動隊を角材で殴ったり民家をこわしている映像を流したからだという。 しかし、学生も機動隊もお互いに、はじめから双方そのようにやり合っていたというのが実際であった。つまり我々が事柄を理解し、是非を判断するということは、その事実全体を認識をするプロセスからして今日では大変に難しいことになっている。 もち論、今日の民主主義はギリシャ古代の直接民主主義ではなく間接民主制だから、そこに集う議員が、議題について理解していればいいという考え方もある。しかしこの点についても二つのことから悲観的である。 つまり、議員を選ぶ選挙で、その議員の目指す政策に一票を投じるとして、その政策について有権者は十分に理解をしているのかという点と、そこで公約になされていない議会のテーマについては、全く信託してしまうことが正しいのかということである。 更に、実際、議員が、その議会において扱われるすべてのテーマについて、精通しているのかということになる。 例えば、ヒトラーが、彼の著書で民主主義を否定する部分で主張しているように、議会において何百人も議員がいても、そのほとんどは、それぞれの専門的テーマ以外には、あまり関心を抱かないで無責任に一票を投じているという非難は、あながち的はずれともいえない。 要するに、今日の民主主義は、その実社会があまりに複雑で、多岐にわたり、そして専門的であるために、それぞれが、十分な理解をすることなく、その場の空気と思い込みで意思決定することになっている。 その場合、民主主義の一方の要素である全委員参加によるコンセンサスづくりのメリットは成立するであろうが、民主主義にある我々の信仰ともいえる「正しい判断」をするのかという部分が極めて曖昧になってくると言えよう。 勿論、判断する一人一人の国民にしても、十分な確信をもって判断しているわけではないから、その意思決定は及び腰であったり、あえて分からないから政治に無関心となり、投票に行かないということも生じるである。 こうした今日の民主主義の問題をあえて次のような偶話で例えることができるかもしれない。 それは、原始人の民主主義という言葉である。 つまり、目の前に大きなブラックボックスがあり、そのものが何を意味するのかが分からないのに、そのものを理解し、判断しろと言われるに等しい状態の中で、国民は直感的に理屈ではなく、情感で、政治的テーマと行政テーマを判断するようになる。 そして、そのブラックボックスのあるボタンを押すと、国民生活にとって、何らかの影響が出てくるのである。ところで基本的には、それによって、自らの生存を脅かされることは無いから、あまり深刻には考えない。判断の基準は理性ではなく、本能的、情緒的なものによって行われる。 このことは政治だけではなく、実生活の中にも生じつつある。つまり、電子レンジにしても、テレビにしても、コンピューターにしても、その使い方は理解できるが、なぜ、それがボタン一つでそのように機能するのかを十分に知らないで使用する文明の利器が、我々の目の前に存在する。それはある種の魔法のようなものと同じとすら言えよう。 つまり、これも我々にとってのブラックボックスである。 もっと言えば、原始人が、目の前の地球の現象を論理的に理解することのできないブラックボックスとして活用したように、我々は、新しいブラックボックスを目の前に、政治行政システムや、機械システムという形で与えられているに過ぎないのかもしれない。 そうであるとすれば、近代ルネッサンス以降の、不思議なものを白日のものに晒すことによって、人間の理性を尊重し、そこから発生してきた民主主義と、今日の我々の民主主義は似て非なるものと言えるかもしれない。近代的な啓蒙主義を基本にして、人間の理性の覚醒によってきた民主主義と、今日の情緒的民主主義は、明らかに異なるのである。 そして、前回の稿で明らかにしたように、そうした理性ではなく、情念的な原始人の民主主義で、理性的判断を必要とする今日の地球的危機を乗り越えることができるのか、大きな悩ましい問題である 今日の、民主主義の機能を取り巻くその前提条件を、いかにして十全なる民主主義の実現に向けて整備するのかは、大きな課題であり、それができなければ、新しい政治形態が民主主義に変わる形態として生じるかもしれない。